神隠し。『かみさま』に見初められた者が連れ去られてしまうこと。
神隠しに遭った者の行く末を知る者はいない。存在を煙のように消されてしまった彼等が紡いできたはずの美しい縁は見えない力でぷつりと切り離され、永劫再び結ばれることはない。

その手がネロに伸ばされかけていると気付いたのは、寄り付く悪しきものに混じり、不気味な程に清らかな気配がネロの周囲にまとわりつきだしたからだ。
(この子が欲しいと、僕との縁を奪おうというのか)
ネロは綺麗だ。それは見目に限った話ではない。
いのちの芽吹きを尊び、健やかに出逢えば顔を綻ばせ、喪われればそっと手を合わせる。生きとし生けるものへの敬意と慈愛を当たり前のように抱いたネロの瞳は、いつだって彼等に美しい黄金色の光を注いでいる。そんなネロのいのちそのものが綺麗なのだ。
そして『かみさま』は綺麗なものを好む。そこに何にも染まらぬ純潔が加われば殊更であろう。それはひらかれる前の身体であったり、高尚な精神であったり、傷ひとつない肉体であったり。無垢で、無邪気で、たおやかな笑みを浮かべながら、奴等は花を手折るように手を伸ばしてくる。
(――ふざけるな!)
思い出すだけで全身の血が沸騰したように熱くなり、耳鳴りがギンギンと響く。
触れさせるものか、連れて行かせるものか!
救済の心など存在せず、ただ憤怒ひとつに染まる炎がごうごうと燃え上がるままに――ネロの左腕に鑿を刺した。魔除だからと告げれば、怖がることを覚えた彼を頷かせる確信があった。

『魔除?』
『そう。きみを色々なものから護ってくれる』
『本当に?』
『……ネロ?どうしたの』
『……どうしちゃったのはどっちだよ。今はあんたの方がよっぽど……』
『なに?』
『……なんでもない』

美しく均整のとれた肉体に傷を付け、奴等から見れば死の穢の色である黒墨を入れた。欲しかったものに汚れをつけられて、さぞかし顔を顰めることだろう。ざまあみろと心の中で高笑いが止まらない。
「綺麗だよ、ネロ……」
本音と建前をごちゃ混ぜにして刻みつけた『かみさま』への反骨は果たして、ファウストの心に恐ろしい程の恍惚をもたらしている。痛みと熱でぐったりと横たわるネロの左腕を撫でながら、口角は三日月形に引き上がる。左肩に刻まれた揃いの入墨が歓喜に答えるようにじわりと疼いた。

――神にも仏にも渡さない。ネロは、僕のものだ。

👀さんにお題を送る

👀
ID:tw5569

何かあったらここ or DM

👀さんのポスト