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きょうか
@kyoka_h
火星ではいつも通りの、良く晴れたうららかな朝。
白い方のンバラ──通称シロ──はいそいそと台所に立ち、何やら支度をしている。
おにぎりは梅、紫蘇、昆布。
それから少し甘い卵焼きに、鶏の照り焼き、ほうれん草のソテーにはコーンを添えて、デザートに甘いものを入れるのも忘れない。
要はお弁当を作っていたのであった。
それを二人分。
しっかり粗熱を取ってからお重のような弁当箱に詰めて、ポットに冷たいお茶を入れれば準備は万端である。
あとは自室でトレーニングに励んでいるだろう黒い方のンバラ──通称クロ──を呼びに行くだけだ。
今日はクロに依頼は来ておらず一日オフなのは確認済みだ。灰色の彼方でのバイトもない。
だったらやるべきことはこれしかない。
「でぇと、です!」
それもふたりきりでしっぽりできる場所がいい。
……というわけでシロは近くの高原へのピクニックを企画したのだった。
中から微かにトレーニングの息遣いが聞こえるドアをノックする。
「クロ、ちょっといいですか?」
そう言うと、ドアが開いてトレーニングウェア姿のクロが出てきた。シロの推測通り、やはりトレーニングに励んでいたようである。
「今日、お仕事ないですよね? ンバラ、ピクニックしたいです」
そう言うシロの顔は期待に満ちていて、クロが断ることなど微塵も考えていないのが明らかだった。
台所の方から漂う残り香から察するに、もうピクニックの支度も終えているのだろう。
「……ンバラ、今、日課のトレーニング中なので。……終わってからなら行ってやってもいーです」
シロの安全を第一義とし、護衛を自らの任務として課しているクロとしては、シロがどこかに出かけることを望むのなら同行する以外の選択肢は実はない。
強いて言えば自分の伴侶だということで危ない連中に狙われる危険性があるので、できればシロにはあまりむやみやたらと外出してほしくないのが本音ではあるが、シロの願いを無碍にはできないのが惚れた弱みというものである。
そういうわけで、クロの日課が終わるのを待って、ふたりは連れ立って近くの高原へと出かけたのだった。
さて、ふたりが出かけたのは高原といっても市街地と地続きで、天候管理されている安全なエリアである。雰囲気的には近所のだだっ広い公園に近い。
緑化も進んでおり、道端には秋桜が咲き、樹木の葉はほんのり色づいて、地球でいう「秋」の様相を呈している。
絶好のピクニック日和だった。
道すがら、シロは空を舞うトンボを見てははしゃぎ、木の実を見つけては「これ食べられるですかね?」と見つめ、草花を見ては足を止める。
仮にも自分の同位体であり年上でもあるというのに、あまりにも無防備かつ無邪気な有様だとクロは思った。
しかしクロは自分ももしかしたらこのような生き方ができていたのかもしれない、とは思わない。
ふたりの間には異なる人生の分岐点があって、そこで道を違えたがために今クロはクロという別個体としてシロに逢うことができ、その無垢さを存分に愛せるのだから。
……とはいえ気の赴くままに寄り道ばかりするシロに合わせていてはいつまで経っても目的地に辿り着かない。
そこでクロは一計を案じた。
咲き乱れる秋桜の紫と白を一本ずつ手折り、紫をシロの髪に、白をクロ自身の髪に挿したのである。
「花が見たけりゃンバラがつけてんのでも見てろです」
恥ずかしさから絶対直接は言わないが、要は「自分だけ見てろ」という少女漫画王道のアレである。そういうことには敏いシロがすぐに察しないわけはない。
はわわ……とばかりに頬を赤らめ、モジモジチラチラとクロを見やるシロはそれはもう大層愛らしかったが、今度は歩みが止まってしまってやはり先に進めない。
待っていても埒が明かない。そう思ったクロはシロの手を引き「ほら、早く行くですよ」と半ば強引に歩かせ始めたのだった。
シロが目的地に設定した場所は高原の中でも見晴らしがいい、しかしながら聳え立つ一本の大きな木が程よく日差しを遮ってくれる、まさにピクニックの終点には相応しい場所だった。
シロは用意してきたレジャーシートを広げ、真ん中に満を持してお重のお弁当を置く。
その想定外の大きさに一瞬クロが目を見開いたような気がしたが、シロは気にせずお重を開いて弁当を展開していった。
三重のお弁当箱には、三段目にはさまざまなおにぎり、二段目には色とりどりのおかず、そして一段目には甘いもの好きのクロのために果物を始めとしたデザート類が詰められていた。
二人分にしてはやや多いと言わざるを得ないが、お互いの好物を集めたらこうなってしまったのだ。急ぐものでもないし、ゆっくりと談笑しお茶でも飲みながら食べればいいだろう。
二人は「いただきます」と手を合わせてから弁当に箸を伸ばした。
まず卵焼きに手をつけ、口に放り込んだクロの顔が僅かにほころんだのを見て、シロは内心ガッツポーズをする。
何しろクロ好みの味付けを狙って作ったシロの会心作なのだ。喜んでもらえて嬉しくないわけがない。
もちろん卵焼きだけではない。自分の好みで入れたものもあるが、どれもクロの口に合うように味付けしてある。
「……いつも通り、シロの飯はうめーですね」
そんなシロの苦労を知ってか知らずか、クロは心からお弁当の出来栄えを褒めてくれた。
そのさりげない言葉だけで、シロがどれだけ有頂天になったことか。
──火星に来た頃は無一文で頼れる人もなく、ただ生きていくことに必死だった。
それが今や糊口をしのぐには十分すぎるほどの収入を得られる仕事を得て、クロという伴侶も得て、休みの日にはのんびりピクニックもできる。
こんな幸せがあっていいものだろうか。
これは夢なのではないか、本当の自分はまだ脱出ポッドの中でコールドスリープしていて宇宙を彷徨っているのではないかと思うこともある。
けれどこれはまぎれもない現実なのだ。髪を優しく撫でる火星の乾いた風がそう教えてくれる。
シロはクロと共に温かいお茶を啜りながら、今ここにある幸せを噛みしめたのだった。
おわり
白い方のンバラ──通称シロ──はいそいそと台所に立ち、何やら支度をしている。
おにぎりは梅、紫蘇、昆布。
それから少し甘い卵焼きに、鶏の照り焼き、ほうれん草のソテーにはコーンを添えて、デザートに甘いものを入れるのも忘れない。
要はお弁当を作っていたのであった。
それを二人分。
しっかり粗熱を取ってからお重のような弁当箱に詰めて、ポットに冷たいお茶を入れれば準備は万端である。
あとは自室でトレーニングに励んでいるだろう黒い方のンバラ──通称クロ──を呼びに行くだけだ。
今日はクロに依頼は来ておらず一日オフなのは確認済みだ。灰色の彼方でのバイトもない。
だったらやるべきことはこれしかない。
「でぇと、です!」
それもふたりきりでしっぽりできる場所がいい。
……というわけでシロは近くの高原へのピクニックを企画したのだった。
中から微かにトレーニングの息遣いが聞こえるドアをノックする。
「クロ、ちょっといいですか?」
そう言うと、ドアが開いてトレーニングウェア姿のクロが出てきた。シロの推測通り、やはりトレーニングに励んでいたようである。
「今日、お仕事ないですよね? ンバラ、ピクニックしたいです」
そう言うシロの顔は期待に満ちていて、クロが断ることなど微塵も考えていないのが明らかだった。
台所の方から漂う残り香から察するに、もうピクニックの支度も終えているのだろう。
「……ンバラ、今、日課のトレーニング中なので。……終わってからなら行ってやってもいーです」
シロの安全を第一義とし、護衛を自らの任務として課しているクロとしては、シロがどこかに出かけることを望むのなら同行する以外の選択肢は実はない。
強いて言えば自分の伴侶だということで危ない連中に狙われる危険性があるので、できればシロにはあまりむやみやたらと外出してほしくないのが本音ではあるが、シロの願いを無碍にはできないのが惚れた弱みというものである。
そういうわけで、クロの日課が終わるのを待って、ふたりは連れ立って近くの高原へと出かけたのだった。
さて、ふたりが出かけたのは高原といっても市街地と地続きで、天候管理されている安全なエリアである。雰囲気的には近所のだだっ広い公園に近い。
緑化も進んでおり、道端には秋桜が咲き、樹木の葉はほんのり色づいて、地球でいう「秋」の様相を呈している。
絶好のピクニック日和だった。
道すがら、シロは空を舞うトンボを見てははしゃぎ、木の実を見つけては「これ食べられるですかね?」と見つめ、草花を見ては足を止める。
仮にも自分の同位体であり年上でもあるというのに、あまりにも無防備かつ無邪気な有様だとクロは思った。
しかしクロは自分ももしかしたらこのような生き方ができていたのかもしれない、とは思わない。
ふたりの間には異なる人生の分岐点があって、そこで道を違えたがために今クロはクロという別個体としてシロに逢うことができ、その無垢さを存分に愛せるのだから。
……とはいえ気の赴くままに寄り道ばかりするシロに合わせていてはいつまで経っても目的地に辿り着かない。
そこでクロは一計を案じた。
咲き乱れる秋桜の紫と白を一本ずつ手折り、紫をシロの髪に、白をクロ自身の髪に挿したのである。
「花が見たけりゃンバラがつけてんのでも見てろです」
恥ずかしさから絶対直接は言わないが、要は「自分だけ見てろ」という少女漫画王道のアレである。そういうことには敏いシロがすぐに察しないわけはない。
はわわ……とばかりに頬を赤らめ、モジモジチラチラとクロを見やるシロはそれはもう大層愛らしかったが、今度は歩みが止まってしまってやはり先に進めない。
待っていても埒が明かない。そう思ったクロはシロの手を引き「ほら、早く行くですよ」と半ば強引に歩かせ始めたのだった。
シロが目的地に設定した場所は高原の中でも見晴らしがいい、しかしながら聳え立つ一本の大きな木が程よく日差しを遮ってくれる、まさにピクニックの終点には相応しい場所だった。
シロは用意してきたレジャーシートを広げ、真ん中に満を持してお重のお弁当を置く。
その想定外の大きさに一瞬クロが目を見開いたような気がしたが、シロは気にせずお重を開いて弁当を展開していった。
三重のお弁当箱には、三段目にはさまざまなおにぎり、二段目には色とりどりのおかず、そして一段目には甘いもの好きのクロのために果物を始めとしたデザート類が詰められていた。
二人分にしてはやや多いと言わざるを得ないが、お互いの好物を集めたらこうなってしまったのだ。急ぐものでもないし、ゆっくりと談笑しお茶でも飲みながら食べればいいだろう。
二人は「いただきます」と手を合わせてから弁当に箸を伸ばした。
まず卵焼きに手をつけ、口に放り込んだクロの顔が僅かにほころんだのを見て、シロは内心ガッツポーズをする。
何しろクロ好みの味付けを狙って作ったシロの会心作なのだ。喜んでもらえて嬉しくないわけがない。
もちろん卵焼きだけではない。自分の好みで入れたものもあるが、どれもクロの口に合うように味付けしてある。
「……いつも通り、シロの飯はうめーですね」
そんなシロの苦労を知ってか知らずか、クロは心からお弁当の出来栄えを褒めてくれた。
そのさりげない言葉だけで、シロがどれだけ有頂天になったことか。
──火星に来た頃は無一文で頼れる人もなく、ただ生きていくことに必死だった。
それが今や糊口をしのぐには十分すぎるほどの収入を得られる仕事を得て、クロという伴侶も得て、休みの日にはのんびりピクニックもできる。
こんな幸せがあっていいものだろうか。
これは夢なのではないか、本当の自分はまだ脱出ポッドの中でコールドスリープしていて宇宙を彷徨っているのではないかと思うこともある。
けれどこれはまぎれもない現実なのだ。髪を優しく撫でる火星の乾いた風がそう教えてくれる。
シロはクロと共に温かいお茶を啜りながら、今ここにある幸せを噛みしめたのだった。
おわり
きょうかさんにお題を送る
きょうかID:kyoka_h
書いてほしいバーチャル火星小説のシチュエーション、キャラなどを放り込んでください
ただしカップリング(恋愛関係)は公式(キャラのオーナーさん)が明言しているもの以外はNGとさせてください
お題が来たら…